So-net無料ブログ作成
検索選択

観梅着物ディに行きました。 [平和ネタ]

こんばんわ。

今日はよい天気でした。

かなり花粉が飛んでいるみたいですが、
今のところ、花粉症ではないのです。

でも、いつ症状が出ても仕方ないくらい
無防備にしていて、毎年ドキドキです。

日曜日は、知り合いに誘われて、
偕楽園の観梅イベントである、

「観梅着物ディ」に行ってきました。

この「観梅着物ディ」は、ただ単に着物で
偕楽園公園に集まるだけのイベントで、

写真を撮って、解散という、
キモノジャックみたいな、そんな集会です。


でも、その前に、
お抹茶を飲んでから行くことになっていて、

DSC_0576.JPG

裏千家の境先生のお宅で、
薄茶を頂きました。

道具は、旅箪笥釣り釜でした。あと楽茶碗。
itomakiは、表千家だったけど、

お茶室でお茶を飲むのは、本当に久しぶりで、
懐かしいなぁと、本当に思いまいた。


その後、バスで移動して着物ディに参加して、

received_767180423431330.jpeg

その後、集合場所のとなりで、

DSC_0579.JPG

遠州流が野点をしていたので、頂くことにしたら、
まさかの1時間待ちで、

風がぴゅーぴゅー吹いて、寒くて寒くて、

趣など重要視されてなくて、
無料で飲めるということに人が集まり、

効率と回転率の悪い状況に怒りが湧いてきたころ

やっとの思いで座って、抹茶を頂きました。

だから、「よいお席だった」などという、
茶道独特の褒め言葉は、一切ないです。

じゃぁ、飲むなよって思うかもしれないけど、
一緒の人が飲むというから、待つしかないのよ。

飲み終わったら、気持ちを変えて(笑)、

DSC_0580.JPG

そして、その後は、電車で水戸駅に移動。

DSC_0583.JPG

楽園駅から初めて乗車したので、記念切符を。
スイカでも、自動改札でもない時、

清算はどうすればいいのか?駅員さんに
お金で払えばいいと思い出すのに時間がかかった(笑)

着いたら、まだ明るいけど、少しだけお酒を飲みました。

そして、いっぱいしゃべってバスで帰りましたとさ。

車で移動しないのは、ホント久しぶり。
バスや電車も、なかなかいいものだったナ。

楽しかった~。

DSC_0584.JPG

ピンボケすみません・・。

お茶室へ行くので、紬はやめてみて、
久しぶりの染の着物を着ました。

絞りon絞り(笑)

DSC_0585.JPG

またね。

倉吉絣の里を訪ねる [平和ネタ]

こんばんわ。

気が付けば3月で、暖かくなったような気持が
しないでもないけど、でもまだ寒いこの頃です。

このブログは着物のブログだけれども、
両親と、ちょっと旅行に行ってきたので、

そのことを書きますです。行ったのは、鳥取県です。

DSC_0573.JPG

鳥取県といえば、弓浜絣と倉吉絣ですよねー。
ですよねー、ねー。

それと、カニですよねー。ねー。

一泊二日だから、観光は2か所しかできなかったけど、
カニを食べることが目的だったので、

行きたかった倉吉と砂丘には行けたので良かったです。


倉吉を語るには、まず、大阪の豪商(呉服)の
「淀屋」を語らくてはならないので、簡単に書くと、

淀屋の番頭さんが、倉吉でもお店をしていたってことで、
それは、大阪のお店が、とても儲かるので、

いろんな理由で、お店を分けていたらしいです。
悪いことを企んでいたのではなくて、

ちゃんと商売をしていて、米とか呉服とか綿花とか、
あとは、農民のために鉄製品の画期的な脱穀機(?)を

開発して、かなり遠くまで売りに行って、
農民には、かなーり喜ばれたらしいです。

と、観光客向けの講談師のオバチャンが言ってました。

で、まぁそんな環境の中、倉吉では、
綿の織物が盛んになったのが、倉吉絣なんですって。

DSC_0492.JPG

町としては、かなり栄えたらしくて、
白壁土蔵と赤瓦がきれいな街並みが今も残っていて、

DSC_0497.JPG

観光客も多いし、改装も昔のように復元したりして
保存にも力を入れてる感じでした。

DSC_0495.JPG

倉吉紬も、気に入ったら買いたかったけど、
あまり反物は扱っていなくて、

テーブルセンターとか、コースターとか、
お土産が多かったです。

岩手の紫根染めも、山形の紅花染めも、
川越の唐桟も、新潟の(いろいろ)織も、

買う気満々で行くけど、案外反物ではおいてなくて、
買えなかったりしますけど、今回もその類にもれず、

倉吉絣、GETならず・・・でした。

この日は、旅館に行って、
夕食は、松葉カニを沢山、沢山食べて、寝ました。

DSC_0512.JPG


次の日は、砂丘に行くことにしたので、

DSC_0541.JPG

また、倉吉まで戻ってそこから山陰本線に乗り

DSC_0542.JPG

鳥取駅まで特急スーパーはくとで移動しました。

DSC_0545.JPG

木の背もたれが、なんともノスタルジック

そこからまた、バスにゆられて、
1時間くらいの砂丘観賞。

DSC_0560.JPG

風紋

DSC_0565.JPG

黄色の←は何万年も前の火山灰。
塊ではなくて、鉛筆の削り芯みたいな粉で、

砂とは重さが違うから一か所に集まっている、
と思われる。

DSC_0563.JPG

軽く迷子になってしまい、クイの番号を確かめに行く父。

昼食は、思いもよらず、お得で美味しい海鮮丼。

DSC_0570.JPG

そして、帰路についたのでした。

鳥取県、初めて行きましたけど、
美味しくって楽しくって、

お店の人とかが、みんな親切だったように思いました。

またね。



パーカーを襦袢にしてみる [着物のこと]

こんばんわ。

今週末は暖かくて、真冬用のコートでは
暖かすぎて、前を開けて着たりしてました。

今日は、真壁のおひなまつりで
茨城キモノジャック」があったので、

行ってきましたよ。

可愛いがっている、モンチちゃんも連れて行きました。

itomakiは、基本に忠実だから(?)、
崩した着物の着方はできないのだけど、

キモノジャックは、ちょっと冒険しちゃおうかな?って
気持ちになったから、

ずっと前に父がどこかから古着で買ってきた
銘仙を着ましたが、

縦も横もかなり短くて、
普通には着れないと思っていた着物だけど、

00070001.JPG

おはしおり無し&身幅の短さを羽織でカバー(笑)
自分で言うのもなんですが、全く気になりません(笑・笑)

帯は彼のお母さんの若い時のモノです。

でも、もうちょっと冒険したいと思ったので、
お友達のモンチの着物は、

襦袢をパーカーにしてみました。
ぷぷぷ。イマドキだっぺよ。

DSC_0472.JPG

さらに、冒険は続きます。
なんと!

DSC_0480.JPG

お昼は、メガマックに挑戦です。

ジャックは10人集まりました。

IMG_20170226_164424.jpg

駆け込みで街の着物屋さんが3人来てくれたので、
なんとか形になった気がします。

きもの屋さんが「ジャックというから来てみたら、
とっても少なかった(たいしたことなかった)」とこぼしていて、

itomakiは、その言葉に文句を言いたくなったけど、
ぐっとこらえて、まぁいいか!と思いこみました。

といっても、その人達について行って、
正絹の羽裏を1000円で、

羽織の衿の部分の絞りと絞ってない部分
(はぎれ・新品)を2000円で買ってしまいました。

DSC_0483.JPG

またね。

第16回茨城キモノジャックの報告 [茨城キモノでジャック]

こんばんは。

私のブログを開いていただき、ありがとうございます。

茨城でも指折りのお雛様イベントである、
「真壁のおひなまつり」で、

茨城キモノジャックがあり、
本日終了しましたので報告します。

おひな祭りは今日が最後の日曜日となったので、
人出は今年の中で一番多かったようです。

町の中は着物で歩いている人を
多く見かけたように思いましたが、

ジャックの参加者ではありませんで、

駆け込みで、地元の着物屋さんが3人で来てくれたので、
何とか10名となりました。

IMG_20170226_164424.jpg

開催にあたり、ご協力いただいた方に
感謝いたします。

次回の開催は、水戸です。

日にち: 2017年6月11日(日)【変更の可能性あり】
場 所: 水戸市松本町 二十三夜尊
    (通称 「おさんやさん」のぴんころ地蔵付近)

     または

     水戸市八幡町 水戸八幡神宮

時 間:14:00集合
その他:アジサイまつり開催中となります。

本来なら、偶数月の第二日曜日は「格の市」という
骨董市を開催していますが、

6月は、あじさいまつり中となり、格の市はありませんので、
念のためお伝えします[ひらめき]


またね。

愛すべき水戸っぽオジサン [平和ネタ]

こんばんわー。

昨日に引き続き、エンジン01の講義の事を書きます。

3コマ目は
「伝説検証 水戸の女性を語る」です。

伝説とは?もちろん、itomakiは知ってます。

それは「水戸には美人がいない」説です。
理由は、水戸に徳川が藩をおいたとき、

それまでおさめていた佐竹藩は秋田に転勤になり、
その時、美人を連れて行ったから、というもの。

さて、検証ですが・・・。磯田節発動。

結論からいうと、秋田には影響がでたが、
(美人が増えたが)水戸には影響なし、との推測。


そもそも水戸には40万人の人が住んでいたとして、
大人は20万人、成人女性が10万人と仮定します。

秋田は、12万人が住んでいて、成人女性は4万人と仮定。
(計算では3万人だけど、4万と言っていたような・・)

そして、何人の家来を連れて行ったか?だけど、

磯田先生は、女性は3000人くらい連れて行ったと
古文書などから想像したそうです。よって、

10万人から3000人を引いても影響は少ないけど、
3~4万人に3000人加わったら、

秋田に美人が多いと言われる由縁になるのでは?説です。

そして、武士の世の中では、美人をさらって側室にしたり、
農村からさらうのは、当たり前だったそうだから、

綺麗な人を本当に連れて行った可能性が高い、と。

確かにね・・・。


でも、他の講師は一応、反論します。

引っ越すとき、美人やイケメンを連れて行くのはいいが、
頭がいい人を連れて行きたい人だっていたはずだし、

本人は引っ越しても、親兄弟、親戚が残れば、
あまり意味がないのでは?とか、

本当は引っ越したくないけど、
容姿が理由で残れたというのも、複雑な気持ちのはず、と。

確かにね・・・。うんうん。


話は流れて、またまた磯田節だけど、
ハーフのように、血が混じると美人になりやすいと言っていて、

漁村は生活習慣から血が混ざりやすいとか、

先住民(アイヌ)の血が濃いとか、
(↑これは、また後に書く約束をしてます)

交通が活発な場所など、血が混ざりやすいとか、
貧困で女の子が売られると混ざるとか・・・


[exclamation]この辺りで、受講してたおじさんから
講義の内容について、文句がでました。

水戸の女性の良い所の話を聞きに来たのに、

ブスの話とは、どういうことだ?
もっと、話すべき人がいるのではないか?と。


itomakiは、しばしば思うけど、
テレビとかの特集で茨城の事を若干イジってる?と

思う時があって、まぁ、間違ってはいないから笑うけど、
県民は、おおらかというか、B級というか、誇りがないというか。

だいたい、磯田先生が言った、茨城人は
「洗練されていない感じがいい」って褒め言葉なの?


声を荒げるオジサンに、講師たちは、一生懸命取り繕って、
その気持ちは聴講生に伝わって、皆も拍手していたけど、

itomakiは、そのオジサンにこそ拍手を送るべきと思ったよ。

言い方が悪い(茨城人だ)から、怒っているように聞こえるけど、
あのオジサンは、怒ってるわけではないと思う。

水戸の女性を自慢したいから、
偉い先生たちに代弁してもらおうと思っていたのに、

思ったようでなかったから、悲しかったんだよ。きっと。
愛すべきオジサンとitomakiは思うな!

ありがとう、オジサン。よく言ってくれた。

itomakiも、直球しか投げられないから、
回りくどく言えないけど、有名な先生には食いつけないし、

もともと話すことは本部が決めたのだろうからと、
大人の事情で物わかりのいい子になってしまうけど、

本来なら、あのオジサンの意見は正常かもしれない。


磯田先生も面白かったよ。

普通は、なだめるようにしてしまいそうのに、
完全同意することで、なだめようとはせず、

逆に半否定するようなこと言っちゃったり、

これは、シナリオだからと、曲げなったし、
声が大きくなってたし。

みんないろいろ思っていることがあるのだなー。


今回は着物で参加して、
洋服でも浮かないよいに、地味な服にしたけど、

羽織と襦袢のコントラストで勝負しました。
↓ 袖口の写真。

DSC_0459.JPG

またね。

余人をもって代え難し [平和ネタ]

こんばんわー。

今日は、昨日に引き続き、
エンジン01の、講義の方に一行ってきました。

DSC_0457.JPG

朝10時から17時まで4コマで、1時間15分授業。

itomakiは、全コマ大好きな磯田道文先生の
講義をとって、幸せな時間を過ごしました。

でも、とっても役にたって、特に、一コマ目の
「みつける! 突き抜ける人材」は、

思いがけず、勇気とモチベーションをもらいました。

磯田先生は、子供のころから突き抜けていて、

苦労して得られるモノには、陶酔感と
熱中によるエクスタシーがあるのだとか。

例えば、西郷隆盛は虫を捕まえるとき、
網ではなくて、石うすを被せて捕まえていて、

そんなの捕まえられるはずはないのだけど、
何度もトライしていたのだって。

それは、虫を捕まえることが達成ではなくて、
石うすで捕まえて満足するのが達成だから・・・。

と、なんとも凡人のitomakiにはわからないけど、

着物を着れるようになるのが目的ではなくて、
着て、楽しむことが目的だから、頑張れる、

とitomakiなりに解釈したのだけど、
続けることが、とにかく大切と言ってました。

itomakiも、「着物」かんばって続けようと思ったりして、
勇気とモチベーションをもらった、という訳です。

三昧境にはいるには、安心して生活できることが
条件になるとしながら、そこは深く掘らず・・・。

後半は、過去の事例から読み取れることとして、

権力者は、自分に有利なように世の中をするけど、
それに逆らう熱は、昔の水戸藩にはあったはず、と。

でも現在では、
我が通らなければ折り合わないのとは別で、

iotmkaiも、一本気過ぎず、考えすぎず、
いろいろなことを取り入れながら、

代わりのいない存在になりたいと思ったのでした。

2コマ目は、「水戸黄門とはなにものか?」で、
昨日とかなり被ったので省略しますです。

その後は学食を食べました。

DSC_0458.JPG

そうそう、ダメな会社の例として、
・社員が命令されるまで何もしない(できない)
・兼業を許さない
・単に上司に忠誠心のみを求める
・無駄と思われることを許さない

だってさ。もろitomakiの会社じゃん[パンチ]

またね。

エンジン01in水戸のシンポジウムを見ました [平和ネタ]

こんばんわ。

今日は、春一番なんか吹いちゃって、
暖かな日でした。

金曜日だけど、会社を休んで、大忙しな日だったです。はい。
でも、楽しい思い出の日にもなりました。

それは、お友達のお嬢様が来年成人式で、
一緒に振袖を選んでほしいと頼まれて、

朝早くから、父の知り合いの問屋さんの展示会に行って、
急いで帰ってきてから、

エンジン01in水戸のシンポジウムと
コンサートに行ってきたのです。

振袖の話は、楽しかったから、後でよく書きますです。

エンジン01のシンポジウムは
「明治維新は水戸から始まった!」でして、

大好きな磯田先生も出演されるので、
早々にチケットを取って、楽しみにしていました。

せっかく東京に行ったのに、トンボ帰りするくらいです。

エンジン01って何?って方は、
ネットで検索してください。なんとなくわかりますから。

DSC_0454.JPG

itomakiも、実態の分からないイベントが
かなり大規模に水戸で行われることに戸惑いつつ、

ちゃっかり参加しとりますです。へへへ。

このところ水戸の歴史について学ぶことが多く、
ブラタモリ→アイヌ文化と水戸藩→今回

ってことで、ブラタモリはさて置き、
アイヌの方は、県立歴史館での特別企画展で、

アイヌ文化と常陸の国と水戸藩の関係の講習を聞いたりして、
これもちょっと面白かったので、後で書きます。

今日の「明治維新は水戸藩から始まった!」については、
ちょっとひいき目なところもあったけれども、

地元だからそれは許してもらうとして、

とにかく、①水戸黄門(光圀)が、すごい人だったこと、
②代々水戸に城があるのに、東京勤務だったこと、

③御三家だから変なことをしても謀反にならなかったこと、
関東の中でも大きな藩校(弘道館)できたこと、

⑤天皇家と結婚したりしていたこと、
⑥お殿様の性格なども含め、そんな理由で

明治維新が始まった、としていました。


ちょっと肉付けすると、
①大日本史を書くことで、日本は中国などの

影響は受けたけれども、別の国であることを主張し、
時間をかけて広まったことで、人々が認識するようにしたこと。

よって、外国から開国を求めらた時に、
ちょっとずつ、イギリスとかフランスに植民地化されて、

藩同士の代理戦争になりそうになっても、歯止めがかかった。

②東京にいることで、いろいろ情報が入ってきていた。

③武器を持ったり練習したりしすぎると、譜代大名でも
謀反になってしまったから、本当は九州の方が武器は

持っていたけど、公にできなかった。
でも、水戸藩(と会津藩)は公然と武器を持てたらしい。

④えらく大きい藩校に遠くからお坊ちゃま達が通ってきて
勉強していたので、思想が浸透しやすかった。

⑤天皇家と結婚していたのは、かなり珍しことで、
家を存続させるためには、兄弟とかで敵味方に分かれると、

どちらかが生き残って存続できる、という考え方から、
水戸藩は天皇側に着いちゃおうって

家康に言われたとか、言われないとか・・・。

⑥理屈っぽい、骨っぽい、怒りっぽい。

ということで、徳川幕府が出来てからすぐくらいには、
明治維新の準備が始まっていた、という結論でしたよ。


でもですねー、
地震があって、リーダーたちが死んでしまったあと、

水戸藩は実務派(しょせい)と行動・理想派(てんぐ)の
派閥が出来てしまうんです。

あとはその、、桜田門のあたりでやらかしてしまって、
結局、大切な人はこの辺りで死んでしまうみたいで、

種は蒔いたけれども、実はならず、お終い、ってことだす。

ということで、水戸藩から明治維新が始まったのか?は、
ウソではないと、水戸市民としては思う訳です。



そのあとは、コンサートがあって、
とっても、とっても良くて、楽しかった~ですぅ。

オペラ歌手の中丸三千繪さんは、茨城の出身で、
会場に降りてきて、歌ってくれたんですよー。

ピアノも、バイオリンも、全部よかったです。
倍賞千恵子さんの、さくらのバラードの

朗読+歌は、涙が出てしまったし。


明日は茨大で講義がたくさんあるから、
それにも、出席して、水戸の見聞を深めてきます。

またね。

針供養でラーメン [山本和裁研究学院]

こんばんわ。

今週は針供養がありました。
次の日の木曜日は水戸では大雪が降って、

テレビなどの報道では、すっごい降ったみたいに
なっていたけれど、本当はそれほどでもなくて、

通勤くらいが一番降ったかなぁ。
お昼には、かなり小雪になっていたから、

大雪だけど、中雪ってところかな?
12センチ降ったから、中~大雪ってとこかな?

ところで、itomakiのパソコンは、
「ゆき」と打つと、「裄」と変換されるから、

普段はそれでいいのだけど、今日は面倒だわ。ふふふ。


そうそう、itomakiは、供養しなければならない針が
たくさんあるから(笑)、

今年こそは絶対に行かなければならないと思ってました。

絶対行くってどこに?って思うかもしれないけど、

それは神社です。
大工町の通称「雷神さん」に行きます。

DSC_0412.JPG

針を供養する人なんているのかな?って思ったけど、
和裁だけではなくて、

洋裁用の待ち針とか、ミシンの針とか、
ボビンとかも供養するために置かれていました。

そしてこの神社は、豆腐ではなくてなぜか、
コンニャクに折れ針を刺すんです。

この際だからと思って、使いにくい針も持って行ったので、
とてもコンニャクに刺しきれなくて、

数本だけこんにゃくに刺して、
ビンごと供養してもらうことにしました。

DSC_0410.JPG

一緒に和裁をしている母の生徒が
「針供養と食事会に一緒に行きましょう」と

誘ってくれましたが、あいまいに答えてしまいました。

それは、雷神さんの端向かいにある
ラーメン屋に行きたくて仕方ないからです。

本当の名前は「すずきや」というらしいですが、
itomakiは昔から「ぶーちょんち」と呼んでいて、

それは「ぶーちょさんのお家」という意味と思うけど、
ホントのところは分かっていません。

ラーメン1杯250円、大盛300円、
チャーシューめん380円、チャーシューメン大盛?円、

この4種類のみ。
混んでも、席の案内等は一切なく、

相席が当たり前で、席に座る時に注文して
ラーメンと引き換えにお金を払うのです。

汁は濁ってはいないけど、色が濃い茶色なので、
透き通ってはいませんです。

昔からのシナソバって感じ。

みな黙って食べて、写真を撮ろうとは思えず、
駐車場の案内は、大切な所が色あせて見えない、

そして、とても混んでいる・・・。

itomakiは、神社に車を停めて、
ラーメンを食べに行くフトドキものでしたが、

本当にお参りはしたので、許してもらおうと思ってます。

DSC_0414.JPG

(中央にある店の暖簾に「中華・・」と見えるでしょ?)

後で聞いたら、和裁学校の食事会は、
ハンバーグ&ステーキだあったのだそうで、

かなり差を付けられてしまった・・・。

木曜日の和裁教室では、今まで我慢して使っていた、
曲がった針達がいなくなったので、

新しい針をおろして、心機一転です。
前は、曲がった縫い針を使っていたら、先生に

「こんな針では上手くならない」と脅されたのもあり、
思い切って、多めに供養してよかったです。

お札は裁縫箱に入れて、
上手くなるように願掛けしてます[グッド(上向き矢印)]

麻の着物は縫いあがって、今「押し」をしている所です。

DSC_0425.JPG

針供養の日のitomaki ↓

DSC_0417.JPG

彼の母の形見の結城紬姉妹品と、

一昨年に母がミニ着物展をしたときに、
知らない人に頂いた帯は、とても品がよいです。

写真は暗いけど・・・。

DSC_0418.JPG

またね。

女物着物を男物に直す計画 [平和ネタ]

こんばんわー。

いつの間にか節分も終わって立春も終わってました。

毎年節分は、近所の神社に豆まき・・・もとい・・
豆ひろいに行くのですが、

家族に負傷者が続出し、一人で行ってきました。

母が坐骨神経痛になってしまって、病院通い、
姉がヘルニア入院

実はitomakiも、年末から膝が痛かったり、
股関節が痛くなったりして、

今は、治ったから普通にしていますが、
年末の頃は、このままずっと痛かったらどうしよう、と、

将来を不安に思ったりしていました。

こんなにみんなで足が痛いなんて、
いよいよ、お祓いが必要(笑)?と。

大丈夫、大丈夫・・・と笑ったけど、
本当に大丈夫なのか?ふふふ。


えーと、しばらく書いていませんでしたが、
麻の着物の、リメイクは進んでいて、

あと、衿をくければ、完成となります。

そうなると、次は何を作ろうか?とワクワクです。
でも、次は決まっています。

彼のお母さんの形見の着物(単衣)を、
彼の着物に直すのです。

DSC_0402.JPG

女物だけど、男も着れそうな模様で、
こんな感じ。

DSC_0403.JPG

男物と女物の違いは、衿と袖付けと・・・、
あとなんだろう?

先月見た、月一歌舞伎では、
主役の「文七元結」の文七は、

博打で自分の着物をとられてしまったので、
奥さんの着物を着ていて、

no06_bunshichi[1].jpg

女物の着物は身八口(わきの下の部分)が
縫っていないのだけれど、

男物は、縫い付けてあるのは、
男女の着物の大きな違いであって、

ポスターでは、腕を組むことで袖を巻き込んで
身八ツ口が開いているのを隠していますです。

身丈は女物の方が長いから、
ぐちゃぐじゃに座って、長いのをごまかしています。

映画では、その姿が滑稽でおもしろかったのだけど、
真剣に直すとすると、

こんなだから、身幅と裄は絶対で、袖丈も直すだろうな。

DSC_0404.JPG

衿を外して、脇縫いを解けば、裄と身幅は解決だから、と
甘く考えているけど、先生は果たして、何というか?

あ、この帯でも、アルモノを作るので、
解いて、クリーニングかけなければ[力こぶ]。

DSC_0401.JPG

またね。

玄冶店 濱田家に行きました。 [着付け]

こんばんわ。

寒い、寒い。

土曜日は、本校の新年会で上京していきました。

でも、石田先生は用事があるために、
年頭の(?)挨拶をして、すぐに出かけてしまったのだけど・・・。

新年会の場所は人形町の
「玄冶店 濱田家(げんやだなはまだや)」です。

DSC_0313.JPG

会費は、超ウルトラスーパー高いです。itomakiには。

でも、一生に1回だから、行かせてもらおうと思って、
彼に頼んだら、

一見さんでは、なかなか行けないから、行って来たら?と、
案外あっさり言ってくれたので、参加してみました。

寄り付きや、料理写真も、バッチリ撮ってきましたよ。
ということで、写真多めです。

DSC_0315.JPG

前菜
獅子舞の入れ物、かわいいー。

DSC_0317.JPG

前菜の一品と椀物
(椀物は写真を撮らずに食べてしまったので器のみ)

DSC_0318.JPG

お造り

DSC_0324.JPG

焼き物・・・手前の黄色いのは、長芋入り柚子おろしで、
きんとんではありませんので、念のため

DSC_0325.JPG

蒸し物・・蟹たっぷり

DSC_0326.JPG

ごはんと赤だし

DSC_0327.JPG

水菓子とおしるこ・・・手前は日向夏

DSC_0328.JPG

美味しかった~~しぃ、
楽しかったしぃ。

男性の着付け講師の奥野さんが(名前はどうでもいい?)、
途中、踊りを踊ってくれました。

芸者さんがお正月
「出の着物(裾模様)」+「柳の帯」+「稲穂の髪飾り」を身につけて、

踊ることが多い、とのことで、踊りの名前は「初春」

DSC_0320.JPG

二曲目は芸者ではく、幇間(ほうかん)さんが踊る曲で、
「やっこさん」でした。

幇間さんとは、男の芸者というか、太鼓持ちののことらしいです。

「こりゃせっ」「はーまだまだ」と掛け声が入ると、
お座敷遊びの雰囲気がグンに上がって、

お金の心配もなく、そんなことして遊んでみたいものだ、と
つくづく思ったりしました。

踊りは流派とか地域で変わっているのだけれど、
今回は、新橋の芸者の踊り・・・と言っていました。

IMG_1296[1].jpg

石田流着付け教室の講師は、個性を生かした着付けだから、
みんな、それぞれ美しいと思ったりして、

しばしばメディアで見る教室のように、
同じような着物の趣味で、体型もぞっくり揃って美しい、

というのとは、ちょっと違う所がとても好きです。はい。


帰りは、日比谷線から北千住千代田線に乗り換え。
いつもと違うルートで帰ってみました。

DSC_0335.JPG

はぁぁ。お金使っちゃった・・。働こぅ・・・。

またね。
メッセージを送る